ぬっと

2017年7月27日

 

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=『晴れた日は巨大仏を見に』(宮田珠己)=

 

太陽の塔は、ただそこにあるそういう「物」として、いろいろとこじつけずに、つまり、理念や物語を背負わせたりすることなく、見てもらいたい。そんな彼の思いが伝わってくるようだ。・・・ただその「物」自体を見て、直接何かを感じてほしい。それが岡本太郎の狙いであるとすれば、太陽の塔はまさに、意図的にぬっとあるものであり、かつ、ただぬっとあるだけのものなのである。(p.263)

 

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そういえば、万博記念公園近くの保育園で、悪いことすると、太陽の塔が来るよ、と子供をしつけているという保母さんの話を何かで読んだことがある。太陽の塔は巨大仏ではないが、それでも太陽の塔が来たら、それは怖いだろう。尖んがった腕をムチのようにブンブン振り回しながら無表情でやって来ると思われ、子供はその晩きっと眠れないに違いない。とくに太陽の塔は、仏さまと違っていい奴なんだか悪い奴なんだかよくわからないので、そのつかみどころのなさでも怖さ倍増である。(p.31)

 

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